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 響流十方

あらゆる方向に響き流れる真実の教えがあります。
そんな教えは
人に勇気をあたえてくれます。
生きる勇気です。

とても『響流十方』とはいきませんが
日々の暮らしの出来事から感じたこと
また
ふと出会った文章や
記事なども
掲載して行きたいと思います。

大橋 友啓

更新日 17/10/17

目  次

 


世界で一番貧しい国の大統領

水不足や環境の悪化が、今ある危機の原因ではありません。

ほんとうの原因はわたしたちがめざしてきた幸せの中身にあるのです。

見直さなくてはならないのは、私たち自身の生き方なのです。

南米ウルグアイの大統領「ホセ・ムヒカさん」のスピーチより

2015.4


欧米かぁ〜!

 昨今、仏教を聞く人が少なくなったといわれます。必要としなくなったともいわれます。というよりも、仏教を聞く能力が欠落したといったほうが正しいのかも知れません。

 わが国の戦後政策は、欧米に「追いつけ追い越せ!」でした。その結果あらゆるものが欧米化することとなりました。やっかいなのは、日本の文化までもが欧米化してしまったことです。

 文化といえるものは、約300年くらい経たなければ育たないということを聞いたことがあります。そうすると、建国200年ほどのアメリカからでは中途半端な文化しか入ってこないから、若者を中心にろくでもない文化に染まることになります。

 また、文化というものはその国の宗教を基盤にして成り立っていますから、欧米ではキリスト教の上で文化が成り立っていることになります。神との約束を中心とする教えですから、そのため、欧米では契約社会といわれる文化を持つ国が出来上がったのです。マニフェストなども契約社会の典型的な約束事であり、わが国にも、民主主義の最たるもののように受け入れらはじめたということは、いつの間にか知らず知らずのうちに、私たちには契約社会という欧米の文化が身に染み付いてしまったようです。

 こうなっては、東洋的なものの見方ができなくなり、日本人としての仏教を基盤として成り立ってきた文化を肌で感ずることは不可能になってきます。情けないことです。その証拠に、約束を破ったということで喧嘩が絶えず「訴えてやる!」がやたら目に付きます。この私の買った『お経』には、嘘が書いてあるからといって、いちいち訴えてばかりいては、いつまでたっても、仏教に救ってもらうなどということはできません。仏教を学ぶこともできません。仏法を聞く能力の欠落です。

 「欧米かぁ〜!」といって頭を「ペチン」と叩かれても気付くことが出来ないほど、契約社会は私たちの生活に浸透してしまっています。このままでは、日本人は深い悲しみから真の立ち上がりは無理かも知れません。仏教は 、足を組んで静かに座った体験を歓ぶ程度のものと化すことになるのでしょうか。

2007.3

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弥陀チョコ!

  毎月の月忌参りをお迎えするお宅では、お内仏にその季節にふさわしいお供え物を何にしようかと考えるのもなかなか大変なことのようである。

 特別にお願いしたこともないのだが、お茶菓子とは別に季節の果物などのお供えを、帰りに「おさがり」といって下さるお宅も少なくない。

 二月になると、この土地では「うぐいす餅」とか「さくら餅」が定番だが、これはあくまでもお茶菓子である。特にお供え物として二月に多いのがチョコレートである。

 スーパーのレジ周りは賑やかに聖バレンタインデーにむけてデコレートされているから、思わず手も伸びることとなのだろうか。そんなチョコの「おさがり」を頂戴すると、何か変な気がする 。これでも坊さんなんだけどな〜。という私のプライドに傷がついたりする。

 こんな私の戸惑いをよそに、自分の大好きな阿弥陀様にチョコをお供えしたいという行為には、異教の文化さえも仏事に取り込んでしまうしたたかな真宗門徒の 女性の姿に恐れ入らずにはいられない。

 毎年必ず2月14日が近づくと数個のチョコレートが私の手許にある。すべて月忌参りにお訪ねしたお宅の女性から頂いたものである。20歳 以上もの年の差があるとはいえ、女性からチョコレートをいただくと、やはりワクワクする。

 「これは仏教とは関係ない行事で・・・。」などと、無粋なことは言わないことにしている。なぜなら、このチョコは、人生をしたたかに生きてきた女性たちの心を支えてきた阿弥陀様に対する感謝の心がこめられた『弥陀チョコ』なのだ。と、思うことにしている。

 私にとって、2月14日は、自分の誕生日の次の日である。と同時に、永い人生を歩んできた女性たちのたくましさ、したたかさに思いを新たにする日 なのである。

 しかし、毎年確実にこの『弥陀チョコ』の数が減ってきていることは寂しいことである。

                                                                               2006.2

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引上会報恩講について

 いよいよ、毎年恒例の能登教区第14組南部小会の『引上会報恩講』が、10月2日からはじまりました。引上会(いんじょうえ)というのは、「お取り越し」ともいわれる報恩講のことで、私たちの地方では”おとりこっさま”と呼ばれて親しまれてきました。

 親鸞聖人のご命日に当たる11月28日をご縁に勤まるのが報恩講ですが、期日を引き上げて、先取りして勤めることから「引上会」「お取り越し」と呼ばれます。

 この地方の言い伝えでは、「本山から百里以内の寺院は予め各寺院で報恩講を勤め、本山の「お七昼夜」と呼ばれ る御正忌報恩講に参詣するように・・・。」といったお触れが出たことに端を発する法要であることから「引上会」と呼ばれているそうです。

 ちょうど能登教区第14組南部地域が本山から約百里(400キロ)地点にあたり、能登半島でも北に隣接する中島町以北に「引上会」は勤まっていないはずです。

 しかし、本当に、こんなお触れがあったのかどうかは確認できていません。

2004.10.6

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電話が鳴ったら詐欺と思え!

  毎日毎日おかしな電話がかかってくる。わが家だけでなく、どこの家庭も迷惑電話に業を煮やしているそうだ。あやしい訪問販売にだまされたといったこともよく耳にする。こんなことから、どこの家庭でもいろいろな対策が講じられているようだ。

 電話による悪質極まりないのが「オレオレ詐欺」である。身内の困った人の力になリたいという純粋な人の心につけこんで金を奪い取る悪質な犯罪である。詐欺にあった人を決して非難はできない。なぜなら被害者の多くは正直な人たちである、電話の声を信じ、身内の危機を救おうとした人たちである。こんな人たちの心を踏みにじって、しめしめとほくそ笑むやつは人でない。非難しなければならないのはこいつらである。

 このような犯罪は長続きしないと思うが、以前として後を絶たない。その対策の最前線に立っているのが、留守をあずかる主婦であったり、お年寄りたちであったりである。

 「最近では、電話によるいろいろな勧誘を実にうまくあしらうようになった。」と言った声が、お父さんたちの口から聞こえるようになったが、このような電話 のやりとりをしていると、やがてそう簡単にだまされないといった能力が備わり、いずれ悪質な電話や勧誘にだまされない 主婦やお年寄りが守る家庭が出来上がるだろう。

 「電話が鳴ったら先ず詐欺と思え。」という世の中が 来る日も近い。そんな世の中になっては、もう電話は重要な事を伝達する便利な道具でなくなっているかもしれない。別の新しい伝達手段が登場するかどうか分からないが、電話の向こうの人を決して信じない人ばかりの世の中がくるのが心配である。

 金の為に人をだますやつがいるかと思えば、一昨日の未明に金沢で運転免許証を取得するための金欲しさに17歳の少年が、他人の家に侵入し、気付かれたので二人暮らしの夫婦をナイフで刺殺したと言う事件もあった。人としてのプライドも、命の尊厳も無い世の中は身近に来てしまった。

 こんな社会から私たちはどのような能力を身につけるのだろう。詐欺と殺人に対処する人の備えとは一体何なんだろう。きっとろくでもないものに違いない。

2004.9.14

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報恩講寄席をして

 今年の報恩講は、土日に当たることからニ年前から寄席をしようと笑福亭仁智さんに落語会をお願いしてありました。報恩講に何と罰当たりなことかと、少々後ろめたい気持ちを引きずりながら当日を迎えたのですが、仁智さんの落語がはじまると胸のつかえが吹っ飛びました。お参りにきてくださった皆さんの大笑いする顔を見て本当にやってよかったと実感しています。

 報恩講などの真宗寺院の参り場は、かつて地域の人々に娯楽の場として開放されてきたはずなのですが、聞法の場とは言いつつ人の寄りつかない一方的な教えの押しつけをして来たのではないかといつも思っています。そのことが、しだいに寺院の敷居を高くし、娯楽どころでない近寄りがたい場所にしてきたのではないかと思っています。

 お参りに来る気の無い人はどうでも良いから、お参りに来る人だけを相手にすると言うのでは、阿弥陀さんが全ての人々を救うまで仏にならないと誓われた『弥陀の誓願』とは大きな違いがあります。

 今年の拙寺報恩講のテーマを『笑縁』をにしたのは、笑いをご縁として組内僧侶のみなさんが精一杯勤める声明やお内陣の荘厳とのであいをとおして報恩講の場に座したことをよろこんでいただこうと考えたからです。

 少しでも、より多くの人々に法の座に着く機会を用意することが今私にできることだと考えています。

 2003.10.27

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職場体験受け入れを前に

田鶴浜中学校の2年生の中で、お寺の職場体験をしたいという生徒がいて、学校から職場体験の打診がありました。引き受ける事にしたところ、事前打ち合わせということで、今日三人の中学生が拙寺を尋ねて参りました。男子1名、女子2名です。

最初に、お寺は何をする場所かを聞いてみたところ「座禅・修行」と言うことです。期待どおりの回答でありました。以外や「お葬式」はありませんでした。

生徒たちには残念だったでしょうがここのお寺には「座禅や修行」のないことを伝え了解してもらいました。そして、お寺というところは、人が人ととして生きていくための勇気やヒントを学ぶ場所であるということを伝えました.。しかし、理解してもらえたかどうかは分かりません。

ともあれ、掃除がしたいらしく。また、数珠にも興味があるらしい。いずれにしてもお盆も近いし、23日から3日間の予定で、私も一緒に生徒たちと掃除とお磨きと声明に励むことにしたことです。

大変難しい課題をかかえて「禅」とか「修行」と言った手法で真理を求めようとする仏教を『聖道門』と言います。限られたほんの一握りの「聖」と呼ばれる仏門のエリートが身を置く場所です。

仏教は、そんな難しいものであるはずがないとの信念に立ち、自らの生涯をかけて、生きとし生ける全てのものが『南無阿弥陀仏』によって救われると言う平易な教えをつきとめてくださったのが、親鸞聖人です。

仏教を平易なものとしてとらえて真理に迫ろうとする仏教を『浄土門』と言います。インドの竜樹、天親。中国の曇鸞、道綽、善導。日本の源信、源空(法然)の七高僧のご苦労がよく知られるところです。

こんなことは、真宗王国と言われたこの土地では誰でも知っていたことです。しかし、今はどうでしょうか。今朝の新聞にも「少年野球のチームが座禅をした」と掲載されていました。夏休みになると「PTAが親子で座禅」などと言う記事も出てきます。そのほとんどは真宗門徒の人たちですが実におかしなことです。ひょっとして「禅」は宗教だとは思われていないのでしょうか。

どうあれ、現代人は簡単な浄土真宗のような仏教よりも、自分の体をいじめたりする方が、何やら効果もあるらしく、難しい仏教の方がお好みのようです。

2003・7・16

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風呂焚き名人の帰郷

 今夜も、夕食が一段落した後、お風呂場に突進した。またやったと思ったが、今夜はセーフ。オーバーフローは免れた。しかし、私の巨体を沈めるには余りある事この上なし、一気に湯船からナイアガラ状態でお湯が溢れ出ることは明白である。

 息子が京都に行ってすでに1ヶ月たつと言うのに、未だにお風呂の水を気に入った位置で止めたことがない。母も同じである。13分がベストタイムであることは、名人から教わってはいるのだが、気がつけば、今日も20分が経っていた。

 来る日も来る日も、当たり前のようにお風呂が沸いている生活をしていたことが、それを担っていた者が居なくなってはじめてありがたく思うことである。朝起きて朝食を作って食べさせてくれて送り出してくれるくれる人がいることを、当たり前だと思っていたのでは『ありがとう』と言う言葉も気持ちも湧き上がってこないのと同じ事である。

 息子は、夕食が終ると適当な時間を見計らって自分でお風呂にお湯を張り、入浴剤を入れて一人でちゃんちゃんと一番風呂に入っていた。こんな毎日の習慣が、息子を名人に仕立てた。名人は、何をしていても時間がくると蛇口を止めに立つ。忘れた事がないのである。いつの間にか冬のベストタイムは13分だと言う。それを教えてもらっているのだが、また、今夜もタイムオーバーである。クソッ!

 「GWはきっと帰らない」と言っていた息子が、30日に帰省すると言う、どんな心境の変化なのか分からないが、少なくとも今年のGWは廊下をけたたましく走ってお風呂場に突入する光景はなさそうで、名人の焚きあげたお風呂にゆったりと浸ることができそうである。

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若衆報恩講

  私の地方では、2月になると「若衆報恩講」を勤めています。現在私が毎年お約束させていただいているのは4集落で、2月1日の新垣地区。2月の第1日曜日は、深見と三引地区。8日は川尻地区となっています。ほとんどは、戦時中に禁止させられていた「村お講」を戦後になって集落の青年たちが、戦死した仲間の追弔会を主催し「村お講」を復活させて今日まで青年会あるいは壮年会の行事として受け継いでいる場合が多くあります。このことは、各集落の講中宛の「御消息」が使用されていることで確認できます。また、中には三引地区のように若講中宛に「御消息」を頂いている地区もあります。

  現在は、集落の集会所に設えられたお内仏(仏壇)に、正信偈(草四句目下)・同朋奉賛式で、若衆の呼びかけにお参りに訪れた参詣者全員でお勤めを行い御消息拝読の後、約45分間の法話をさせていただいています。

 各集落で若干ではありますが運営する組織が異なります。田鶴浜地区では、もう開催されなくなって10年以上になります。どういう理由なのか、田鶴浜地区では23才を最高齢にして青年講だけの組織があって、継承されていたのですが、23才では右も左も集落内のことが解らないこともあって、自然消滅してしまいました。現在行われている集落でも、青年が増加している集落は活気があり、若者の減少している集落は寂しいものがあります。

 若衆たちがやろうと言う限り私は付き合っていこうと思っています。若者が法の座に着く、数少ない唯一の場なのです。少しでも仏教の事、真宗の事、宗教の事を若者たちに分るようにお話させていただくことが何よりも私の出来る事と考えます。

 

 何ら宗教的情操教育を成すことなく「成績至上主義」を貫いてきた戦後教育で育った若者に、こちらを振り向いてもらうのは中々簡単には行きませんが、心に残るお話を心がけさせていただいております。

 

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お守りを持たない理由

 どこの神社でもお守りは売られていますし、お寺でも置いていないところの方が珍しいくらいです。形もさまざまで、昔からのお札、かばんなどにぶらさげるもの、かわいいシールになっているものまであります。

 効力もいろいろあって、合格祈願や恋愛成就などの願いごとをかなえるためのもの。交通安全や家内安全といった無事を祈るもの。また、厄除けや病気平癒など嫌なことの消滅を願うもの、などなど

 しかし、本当に効力があると思っている人はどれだけいるでしょうか。願ったとおりにならなかったからといって、お守りを買った先を訴えたという話を聞くことはあまりありません。お守りは気休めでしかないことを実はわかっているのです。わかっていながら、軽い気持ちで、だんだんはまり込むのです。

 たとえば、交通事故にあったのはお守りを忘れたからだとか、商売がうまくいかなくなったのは始めた日が悪かったからだとか、不幸が続くのは名前の画数が悪いからだとか。問題の原因さがしに追われたり、もっと効果のあるお守りをさがし求めたり、振り回されていくのです。

 自分にとって良いことを追い求め、都合の悪いことを避けようとする、これは人間の性分といっていいでしょう。しかし、良いことだけを追い求める生き方は、必ず悪いことを恐れるようになります。そして悪いことが続くと、自分の人生までも呪ったりするのです。

 どのような状況に投げ出されたとしても、自分の人生はだれとも代わることはできません。しかし、それは同時に誰とも代わる必要のない人生なのです。お守りを持たないということは、良し悪しを越えて、現実と向き合っていこうとする生き方の表現なのです。

                      大谷大学助教授 一楽  真                                

 「真宗本廟教化リーフレット」から引用しました。真宗本廟(東本願寺)をはじめ全国の真宗寺院には「お守り」は置いてありません。その理由は必要ないからです。親鸞聖人は、私たちに「お守り」を持たない「勇気」を教えてくれているのです

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お彼岸のちゅーにっつぁん

やっと春めいて参りました。彼岸の中日さんも、もうすぐです。お彼岸というのは、春分の日・秋分の日を中心にその前後三日を合わせた七日間を、それぞれ春のお彼岸・秋のお彼岸と言います。当地では、それぞれのお彼岸の中日(なかび)に当たる日に寺院で勤まる法要(彼岸会)のことを、「彼岸の中日さん(ちゅーにっつぁん)」と呼び親しんで、寺院にお参りする習慣があります。

「彼岸」とは、「到(とう)彼岸」の略で、「迷いの此岸(しがん)を後にして悟りの彼岸に到る。」というのが本来の意味です。彼岸の中日に法要を勤めることは、インドや中国にはなく日本独特の風習だそうです。日本ではなぜ彼岸会が、春分の日と秋分の日に行われるのでしょうか。

日本の春分の日と秋分の日には、太陽は真西に沈みます。そして、その真西の方角こそ、阿弥陀仏の極楽浄土があるとされている西方なのです。したがって、私たち日本の仏教徒は真西に太陽が沈む日にお彼岸の法要を行うようになったということです。

また、太陽が真西に沈む日に、西方浄土のご先祖さまを追憶しようというところから、お墓参りをするといった習慣のあるところもあるようです。当地では。墓参の習慣はありませんが、近年雪が無いこととテレビなどのニュースの影響で、墓参する人も少なくないようです。

真宗のご門徒さん方は、彼岸会には近くのお寺にお参りして法話を聴聞し、特に『日頃の自分の生活を反省してみる機会にする』といった意味のある日にしていただきたいものです。

ところが、天候不順のためなのか、近年比較的天候の安定しているこのお彼岸に行政主催の行事がよくあります。行政というところは、結構自分勝手なところで、ある時は私たち僧侶に「心のお話を・・・。」といった依頼があるかとおもえば、お彼岸のような法の座に着いて「心の法話」を聴聞するといった寺院の伝統的な行事のある日に、色々な行事をして資本主義社会の言葉でいうならば、私たち寺院経営の営業妨害をしてくれます。

別に恨みなどある訳ではありませんが、面白くはありません。その為とは言いませんが、近頃真宗寺院でもお彼岸のお勤めをしていない寺院が多くなりました。一般的には、お彼岸のお参りよりも、催し物の方が楽しいというのが現実のようです。自分が死ぬまで寺院とは縁を持たないといった人の方が多くなったことなのでしょうか。

仏教徒が圧倒的に多い筈の国なのに
3月21日と9月23日は何の日か分からない人がいます
しかし、その人は12月24日は何の日か知っています

こんな国に誰がしたのだろう

この国に仏教徒はいなくなったのかと思えば
手を合わす人がいます
でも、祈ったり、願ったり、自分の欲を拝んでばかりで
なぜ、手を合わすのかが分からない人たちばかりです

こんな国に誰がしたのだろう

生まれたものは死にます
会ったものは別れます
持ったものは失います
そして、時は矢のように去っていきます
矢のように・・・

さあ あなたならどうしますか
国民の祝日春分の日に・・・

お彼岸を、ひとり一人の日頃の生活を反省してみる機会にしてみてはいかがでしょうか。
(2002.3.18)

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 文系のパソコン対策

10月20日頃からパソコンの様態が悪くなり、メモリー増殖を試み何とかかんとか11月30日に電脳の増殖に成功。しかし、一時的に摘出しておいたメモリーが読み込めない状態となり、その上ウイルスに感染。拙寺と谷スカネットのHPを一時諦める。でも、くる日もくる日も文系である私の脳裏からHPの事が離れず、少しづつ再構築。あれこれ頭を悩ませつつ進めるも肝心要のFTPへのアップロードが出来ないまま越年。理系の頭脳をうらやましく思う。

新年になっても夢見の悪い日が続く、1月10日に妻の一周忌を済ませて一段落するも何かとパソコンの前に座れない日が続く。昨晩から、約二ヶ月間文系の頭に描いていた対策を試みたところ、アップロードしてあったHPがどっかに行ってしまってアクセス出来なくなり愕然とする。娘からもHPにアクセスできない何かあったのかと電話がくる始末。途方に暮れたが、思い直して総点検。再びFTPにアップロード。

すると、来た!手応えがある!来るぞ。来るぞ!来る。来る。来た〜!やった〜!アップロードもスラスラ。三ヶ月間以上に渡ってフリーズしていた拙寺のHPが生き返った、解凍できたのだ。諦めていたHPが帰ってきた。ヨッシャ〜本当の正月がきた。今夜からは良く眠れるゾ〜。

・・・と。まあ、文系のパソコン対策は、以上のようなもんです。

でも、解凍まで長かったな〜。ともあれ、谷スカネットの復帰がまだ残っているが、ひとまず・・。

(2002.1.29)

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無神経な弔辞

 未だ何一つ分かったものはありませんが、色々なメディアの情報の中には、イスラム教徒の中に、湾岸戦争(’91)をきっかけとして、イスラム教の二大聖地・メッカ、メディナのあるサウジに異教徒米軍が駐留したことや、米国が第三の聖地エルサレムを含むパレスチナを占領しているイスラエルを支援してきたことなどから、聖地に対する配慮を欠いた米国に一部のイスラム教徒が憎悪をつのらせ、今回の米国同時多発テロ事件にまで発展したとする見方があります。

 民主主義には、信仰の自由と言う権利が保障されたなかで、それぞれ個人が信仰する宗教を持っています。また、持つことができます。言いかえれば、私たちの自由社会の中には、あらゆる教宗派の人々が暮らし、互いの教宗派を認め合って社会生活を営んでいるのです。こうした互いの教宗派への配慮がなくなっては大変なことになります。

 私の住んでいる能登半島では、圧倒的に仏教徒が多く、なかでも浄土真宗がその大半を占めています。お葬式もほとんど仏式で行います。葬儀には同級生の代表や職場の同僚また故人が公職にあった方の場合には官公庁の長自らが弔辞を述べるということがあります。

 最近の弔辞を拝聴していると、仏教徒とは思えない文言が使われていることが多々あります。仏事にもかかわらず、御霊(みたま)などと平然という人たちの無神経さに失笑してしまうことがあります。失笑で終わればいいのですが、あなたの門信徒に対する躾がなっていないなどと言われては失笑が苦笑になりますので、言われる前に掲載を思い立ちました。

 弔辞は、葬儀という公的場で披露されますから、送り手側の故人に対する真心溢れたものでなければなりません。特に、故人が信仰してきた教宗派にも配慮しなければなりません。よって作成にあたっては細心の注意を払う必要があります。

 これを怠ると故人の信仰してきた教宗派への冒とくになったり、テロリストに狙われるとまでには行かないまでも、信仰に対する配慮のなさが様々な対立を生むことになります。また、送り手側の組織、団体の無神経さや教養のなさを露呈することになりますのでくれぐれもご用心ください。

 私は、他宗派のことはよく分かりませんが、仏教徒にふさわしくない、真宗の宗旨にそぐわないとおもった言葉を下記のとおり上げて見ました。是非とも真宗門徒のお葬儀には、疎そうのない真心のこもった弔辞を披露できるようにしてください。

《真宗門徒の弔辞にふさわしくない言葉》

御霊前  尊前、御仏前 
ご冥福を祈る ⇒ 哀悼の意を表す。お悔やみ申し上げる。
み霊(たま)、霊、魂 故人
草葉の陰、天国、冥土、黄泉の国 ⇒ お浄土、西方浄土 
天国にゆく  お浄土に生まれる。極楽浄土に往生する
昇天、天に召される、旅立つ ⇒ 往生する、浄土に還る
祈る  念ずる、願う
永眠、安らかに眠る、ご加護  お浄土から私たちを見守
                    り導く

 弔辞は、故人の死をいたみ、別れの言葉を述べるのですから、美辞麗句は必要ありません。素直に故人の徳をしのんでせいぜい五分以内で終わるようにしたいものです。弔電も同じです。                                   (2001/9/30)

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新盆を迎えて

 妻の新盆に、思いがけない方々からお供え物をいただきました。ありがたいことです。昨年の今ごろはつかの間の元気に浸っていたことを思い出します。

 彼女が6月に入院した時、私と子どもたちは一つの約束をしました。それは、お母さんに『頑張れ』と言うのだけはやめようと言う事でした。しかし、戦後の教育に育てられた私たちは、人を励ます時『頑張れ』以外に何と言って良いのか分からない悲しい存在であることに気づかされます。

 言わない事にした理由は、相手と同じ痛みに立った言葉でない事。・・・どうにもならない病を抱えて何を頑張るのか実に曖昧で無責任な言葉です。自分の健康な事を誇っているようにしか聞こえません。『私がこんなに応援しているのに心配しているのに少しぐらい努力しなさいヨ』と聞こえるようです。彼女には、その事を伝えてから私たちの口から『頑張れ』は出なくなりました。こうしたことを話題にして互いに命についてあれこれ確認していくのも大切な事だと痛感しました。

 お見舞いの方が『頑張れ』を連呼して帰った後は、実に淋しい顔をして『これ以上どう頑張ればいいのかしら』などと呟くこともありました。特に、実家の母が良く使いました。病状を告知してなかっただけに、私たちにも辛いものがあり、彼女は『親やから仕方ないネ』と、病床に着きながらも親を思いやっている事がありました。

 このように、どうにもならない命を前に、黙らざるえないことも多々あります。常日頃から、耳をそばだてて命への問いを欠かさない事が大切だと思い知らされました。

 そのため、私が彼女の病室の扉を開けての第一声は『どやッ』となって『こんなもんやろ〜』とか『今日はちょっと楽やった〜』と言う返事が返って来るのが日常会話になっていました。

 今の日本のお盆は、先祖供養が主流ですが、私たちの宗派には祖霊を供養するという考え方はありません。

 それでも、一般の風習にしたがって行う真宗のお盆は『今の自分を歓べずに明日の歓びは無い.。』とおっしゃる、良き人の仰せを実践する(仏恩報謝)の場です。つまり、久しぶりに集い会った者同志、お互いの命と命のつながりを問う、今ある命のお蔭を問う場が、お盆という仏事の営みなのです。

 私たちも、8月16日に自坊のお墓に彼女の納骨を済ませ、元気だった頃の妻、母、坊守の面影をそれぞれに偲ぶ新盆となりました。                         (2001/8/20)

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インターネットと仏教


 インターネットの中には、私たちの知りたい情報がたくさんあります。でも、コンピューターが嫌いだとか、キーボードが嫌いだとか、忙しいから、金がない。などと言っていたのでは、居ながらにして自分の知りたいものに到達できる状況下にありながら、何ひとつ情報をものにできない自分がいます。

 仏教。つまり仏の教えに出会うことの出来る人とそうでない人がいます。出会うことの出来ない人が気づこうが気づくまいが仏の教えは、生きとし生きる全てのものに真実の教えを語りかけてくれています。知りたくない人には到底出会うことの出来ない真実の世界です。

 インターネットも、あらゆる事を知りたい、語りたいからのスタートだと思います。手を伸ばせばすぐそこにあるものに、気づかないまま自分の人生を送るのも味気ないと思います。

 私のこの世に生まれてきた意義もひょっとしたらインターネットの中にあるのかもしれません。無いにしても、私の傍にはいつも真実の教えがあります。ただ、未熟な私には見えないだけなのです。
 
 インターネットも、一度開いた情報にたどり着けないことがあります。でも、その情報への思いは必ずたどり着くと信じて、マウスを操作し続けます。

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癌と暮らした7ヶ月

  ようやく春らしくなり、私たちも何とか元気が出てきました。今年の1月10日、当寺第14世坊守 皆得院釋尼祐月 俗名大橋祐子(46歳)命終に際し、御香資を賜り厚くお礼申し上げます。

  彼女は、昨年6月5日に食欲不振による体重の激減から病院に検査入院。10日後に主治医から彼女が胃癌であるとの診断結果が私に知らされました。ステージ4という既に外科的治療の不可能な末期胃癌という最悪な病状でした。私一人ではとてもそのことを持ちきれず、2日後に本人に告知。かえって本人の「仕方ないネ」という言葉に私は少し勇気づけられました。20日に彼女の姉と兄そして息子にも彼女の病状を告げ治癒の難しいことを知らせました。

  突然のことでした。以来、私と娘(大学1回生)息子(高校1年)母の家族4人が、私たちにとって一番身近な命から目をそむけることのない生活をはじめました。治療は抗癌剤の投与を主とした胃癌の追込みに僅かな期待をこめた化学療法を選択しました。経過は順調で7月30日にはことのほか嬉しい退院となりました。

  しかし、退院7日後に病気療養中の実家の父を見舞いに病院に出掛け元気な顔を拝見してきたのですが、その数時間後に亡くなるという悲しい出来事がありました。(本人の希望により実家の両親には、告知していませんでした。) 昨年の夏は、とても暑い日が続きました。しかし、8月・9月は元気に2週間に一度の通院ができ一家にとって充実した日を過ごさせていただきました。

 10月2日の定期検診時に黄疸がみとめられて再び入院。肝臓の治療に専念する37日間でした。この間病院の食事はとらず点滴のみでした。その後、自宅で20日間の療養をしますが、ほとんど寝たきりで背中の痛みがとれず痛め止めの座薬の効果も次第に無くなり、ほんの少しの食事も喉を通らず背中を痛がる妻と私たち家族にとって辛い毎日が続きました。

 11月17日に三度入院。12月20日頃から腹水の貯留が著しく、お腹が張りはじめました。主治医の先生からは、自分の足で歩いて病院は出られない事。治療は、対処療法に切り替えモルヒネの投与をはじめる事。などが私に告げられそれを承認。即病室で彼女にもその事をはなし、久しぶりに二人だけで色々と話し込みました。その夜は、娘に電子メールでその事を伝え、翌日の午後には、病室で彼女の兄と姉、実家の母にもはじめて病気のことを話しました。

 12月25日には病室で彼女の46歳の誕生日を皆で祝い、何とか新年を迎えたのでしたが、1月8日の腹水を抜く治療の後、もうろうとした状態が2日間続き1月10日。息子に脈を見取られながら還浄しました。私は娘を駅に迎えに行く途中の午後5時37分のことでした。

   振り返え見ればあっと言う間の7カ月でありました。その間、多くの皆様から励ましの言葉やお見舞いをいただきありがとうございました。また、子どもたちが母親の死をしっかりと受けとめてくれたことが何よりも私の勇気になりました。さらに、私の母の丈夫なことにもただただ感謝あるのみです。

 今後とも、末永いお付き合いの程よろしくお願い申しあげます。  合掌。
   
                    2001年 春

  癌は早期発見が何よりです。自分のため、家族のため、検診に出掛けてください。手遅れというのは、実に残念なものです。


  主治医から私に妻の病気のことが告げられると言う前夜、インターネットで胃癌のサイトを手当たり次第に開いていたのを思い出します。国立がんセンターのサイトが一夜にして私を胃癌のエキスパートにしてくれました。
  また、妻の病気を引き受ける側の気持ちの支えとなるようなサイトがないものかと検索しましたが、うさんくさいものが多く、仏教によるこうしたことへの取り組みの遅れを痛感いたしました。

          
  私たちスカウトの仲間のひとりである三重県ボーイスカウト北勢第1団の団委員長田代俊孝(現:同朋大学教授)氏が代表世話人となって、身近な人の死を通して、いのちを学ぶ『死そして生を考える研究会』(ビハーラ研究会)の取り組みと田代氏の執筆された著書が、私たち家族が身近な命と付き合って行くための大きな支えとなりました。


 この「ビハーラ研究会」の早期HPオープンを願うと同時に益々の盛会を期待するものです。


管理人 e-mail: ukohashi@lilac.ocn.ne.jp

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